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<<第3章 牢獄>>自分は普通じゃなかった… ある日突然、精神病院に強制入院した話 .doc

2014年2月27日、いきなり地獄を見た。

朝起きると、トイレ付の個室に閉じ込められていた。

 

<隔離室のイメージ>4畳半の部屋に布団とトイレがあるだけ。

窓があるが、強化ガラスで蹴っても割れない。

 

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意味が分からない。

「なんで閉じ込められているの?」

の一言に尽きる。

 

昨日部屋に案内されたとき、渡された書類を思い出した。

「隔離に際してのお知らせ」と「入院に際してのお知らせ」という紙が2枚あった。

「隔離に際してのお知らせ」 にはこう書かれていた。

・あなたは急性精神運動興奮等のため、不穏、多動、爆発性などが目立ち、一般の精神病室では医療または保護を図ることが著しく困難な状態であるため、隔離が必要です。

 

もう一枚の「入院に際してのお知らせ」には、

・あなたは入院中、手紙やはがきを書く、受け取る自由は保証されています。

・電話は原則的には制限されませんが、医師の判断で制限されることがあります。

・面会は原則的には制限されませんが、医師の判断で制限されることがあります。

・治療上必要な場合は、あなたの行動を制限することがあります。

・もしもあなたが納得いかない場合は市長に文書により請求することができ、請求する場合は病院の職員に聞くか下記に問い合わせください。

これって「あなたの自由の権利を奪います」ってことだろ。

そこで初めて「精神病患者」というレッテルを貼られたことに気がついた。

 

これが実際のお知らせ2枚<<写真10>>

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最初は2・3日で出られるだろうという甘い考えを持っていた。

しかし、現実はとてつもなく残酷なものだった。

主治医は決まった曜日に来る。

この日だけは「最高の状態ですよ」っていうのを全身でアピールしようと考えた。なので、曜日を知る必要がある。

けど、この牢獄にはカレンダーや電波時計はなかった。

時計は部屋の外に掛け時計があるので分かる程度だった。

今日の日付、曜日を毎回看護師に聞くのも面倒だし、すぐ忘れてしまう。

なので、記録することにした。

しかし、書くものがない。

あるのは2枚の紙のみ。

もう分かっている方もいると思うが写真の通り、紙の端に縦に切り込みを入れて、数字を数えるときに、指を折ったり伸ばしたりするみたいに、紙を折ったり伸ばしたりするのだ。

俺は工業高校卒なので、2進数を知っていた。

普通に両指で数を数えると、10までしか数えられないが、2進数だと1023まで数えられる。

これを利用し、日にちは31日あるが、31個も紙に切り込みを入れることはできないので、2進数に変換し5桁(5個)で記録した。

 

俺は暇だったので、刑務所に入っている人みたいに石かボールで壁当てでもしようかなと思い、もらったお茶を半分くらい残して、そこにトイレットペーパーを入れて濡らし、丸めてボールを作り、それで壁当てしていた。

 

入院して1週間くらいしてから母から手紙が来た。

「達也、体調は、少しよくなったね?

 ひろ君(親友)から少し話を聞きました。

 色々大変だったね。気づいてあげられなくてごめんね。

 大丈夫だから、先生や看護師さんの言うことをよく聞いて、治療して鹿児島に帰ろうね。                                      

                                     母より」  

 

  実際の手紙<<写真11>>

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母の手紙が生きる励みになった。コップも添えられていた。

 

ある夜中、ドアを蹴る音がした。音のする先は前の日にワンランク上の隔離室に入れられたおじさんだった。

なんでワンランク上かというと、俺は2日に1回風呂に入るのだがそのときに見たら、その部屋だけドアに囚人を目視で確認する程度の除き窓があるだけで、ほかの部屋みたいに通路側に一枚ガラスがなく、中が見えずとても閉鎖的な印象だったからだ。

俺はおじさんが「俺の何が悪いんだ」とか抵抗しているんだと思い、俺もドアを蹴って「俺もそう思う」みたいに返事をした。

そしたらまたドアを蹴り返してきた。だから俺もドアを蹴って返事をした。いつしか会話みたいになっていた。

そしたらガタイのいい看護師3人が急いで来て、おじさんの部屋に入り、ドアを蹴る音は収まったが、俺はおじさんを力でねじ伏せてるんだと思い、さらに激しくドアを蹴りまくった。

そしたら、おじさんが別の部屋に移動させられて、俺の部屋にそのまま看護師が来て、俺がそのワンランク上の部屋に入れられた。

まだ入れられるだけならいいが、その部屋に入って気づいたのだ。なんとその部屋にはベットが用意されているのだ。

よく見るとそのベットの足元と中央にベルトがあるのだ。

看護師に「ベットに横になって下さい」と言われ、俺は渋々横になり、ベルトを腰、右手、左手、右足、左足と付けられ、徐々に自由を奪われてゆく。

俺は「ああ、これが拘束か~、人間って腐ってるな、精神病というレッテルを人間の社会から少しはみ出しただけなのに貼られ、しまいには人権侵害かよ、憲法違反じゃねーか」ととても悔しい思いをした。

とりあえずその日は寝てた。

 

朝7時に目が覚めた。

朝起きると、体が動かない。

「なぜだ」と思い、ふと首を下に向けると、青いベルトで両腕、両足、腰を固定されているのだ。

俺は昨日のことを思い出した。

どれだけ足がき、藻がいてもこの状況を変えることができないことに絶望した。

「死にたいのに死ねない」

これが地獄なのかと実感した。

 

全身拘束の苦痛

・痒いところもかけない。

・オムツ着用。「自分で小便くらいできるわ」

・ずっと横になっているので便秘になりやすい。腹は張っているのに気張っても、便が出ない。

俺は、3月2日から3月7日までの間の5日全身拘束を味わい、「これは治療なのか?拷問じゃないのか?」と精神医療に疑問を持った。

また普通の隔離室に戻された。

 

それから3日後。

人間っていうのは、閉じ込められていると精神的におかしくなるものだと感じた。

首が後ろに傾いたまま固まる、あーあーしか言葉がでないなどの症状が出た。

これは今でも薬の副作用なのか精神崩壊なのか分からない。

 

入院してから2週間くらいたった頃。

俺はよく看護師に「お菓子が欲しい」と言っていた。なので母が手紙と一緒にダンボール箱いっぱいのお菓子とテレフォンカード3枚をに送ってくれたのだ。

「たつや、元気ですか?

  そちらは、また、雪が降ったみたいですね。

 今年はいつまでも寒いね。

 早く春が来るといいね。

  昔は、達也はお菓子をあまり食べなかったけど、何が好きかな?元気になったら電話して 

 教えてね。                                              

                                     母より」

 

母の手紙 その2<<写真12>>

 

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それから3週間経ってから、今度はいい意味でランクが上がった。

隔離室から施錠管理される普通病室に移り、決まった時間に病棟内を徘徊できるようになった。

同時に嬉しい知らせもあった。

主治医が

「今度の3月28日に面会しようか?」

やっと家族に会える。

ホントに嬉しかった。言われたのが面会の7日前だった。

 

それから、寝て、起きて、狭い部屋の中を走り回って、たまにトイレに行って、布団の上で色々考えて、飯食って、寝てを繰り返した。

 

面会の5日前になって、待つのがキツくなってきた。

死にたくなってきた。

けど、自殺するにも、首吊れないし、感電できないし、首を切るものもないし。

俺は考えた「トイレを詰まらせて水を張って、そこに顔を突っ込んで溺死すればいい」と。

早速実行に移す。

トイレットペーパーを全部引き出して、丸めて便器の排水口に突っ込む。

トイレの水を貯める。

これで準備OK。

顔を便器に突っ込むが、なかなか死ねない。

すぐ苦しくなって顔を上げてしまう。

やっぱり止めることにした。

 

自殺しようとしたことがバレないように、詰めたトイレットペーパーを取ろうするが結構奥の方まで入り込んでいて取れない。

しょうがないから流すことにした。

しかし、流れない。

トイレの水が溢れだす。

床一面水浸しになる。

飯の時間が近づく。

「看護師が来る。また、隔離室に戻される」そう思った俺は突然大声で泣き出した。

涙が止まらないのだ。

あの空間に戻りたくないから泣いているのか、死ななくて良かったと安堵しているのか、死ねなくて後悔しているのか理由は分からなかった。

 

看護師が部屋に来て、

「たつPさん何してるの!」

みたいな感じで言ってきた。俺は

「死にたい、苦しい」

とずっと連呼していた。

 

 

 

医者に診てもらうことになり、俺は大泣きしながら言った。

「家族に会うのを待つのがツライから死のうとした。このままじゃ自殺するから拘束してくれ」

俺の病室にベッドが運ばれ、俺は縛られた。

2回目の拘束だ。(3月20日から24日の間)

今回は腰だけ拘束する形になった。

 

その部屋は東向きで朝日が窓から差し込む。

差し込む光は眩しくて、暖かくて、心地よかった。

外界から完全に遮断されているので、刺激がないのだ。