時間貧乏侍のブログ

双極性障害4年生。将来小屋暮らし+配当金生活希望。投資や趣味の雑感ブログ。

<<第4章 ステップアップ>>自分は普通じゃなかった… ある日突然、精神病院に強制入院した話

入院してから3週間経った頃、ようやく鍵のない普通病室に移された。

普通病室と言っても閉鎖病棟だ。

ドアは全て施錠管理されており、窓も手のひらくらいの幅しか開かないようになっている。

この時を待っていた。

 

俺は早速、こころの健康相談センターに電話を試みた。

だが、1ヶ月と言う長い期間の審査と書類が必要だった。

電話は1日1回と言う決まりがあったので、その権利をムダにしてしまった。

ぜんぜん役に立たなかった。

 

次の日、看護師に預けていたテレフォンカードを借り、今度は母にかけた。

俺は、

「ペンとノートを送ってくれ」

と母に伝えた。

俺はアパートでA3の紙にアイデアを書きまくっているいる時から、「3度の飯より、ペンと紙」状態だった。

頭の中からアイデアが次々と溢れてくるのだ。

とにかく書きたかった。

 

なんだかんだで日は経ち、面会当日の3月28日となった。

朝一、看護師に面会時間を確認。

面会の時間になり、父と母が来た。

3人で抱き合った。

涙が出た。

看護師に面会室に案内された。

人生で初めて味わった嬉しさで大泣きしていた。

父と母も大泣きして、面会室にあった箱ティッシュを全部使い切った。

 

俺は精神科の病院は色んな人がいること知った。

水毒病の60歳後半のおじいちゃんのGさんがいた。

俺はペンが欲しかった。

ちょうどそのGさんが、

「ワシのペンとおまえのコップ、トレードしようや」

と言ってきたので、俺はコップとそのGさんのペンをトレードした。

次の日の朝飯のとき、そのGさんは以前から使っていたコップとトレードしたコップの2つを使っていた。

俺はそのとき特に気にせず、飯を食った。

急に看護師に呼び出され、

「Gさんは水毒病っていう水を飲みすぎる病気だから、Gさんにペン返してトレードなしにしてくれない?」

と言われ、俺は了承した。

 

その夜そのGさんに

「おいしい水の飲み場、教えてあげるよ」

と言われ浴室の入口近くの水道へ案内された。

コップに水を注ぎ、

「遠慮せず、どんどん飲め」

と言われ俺は2杯飲み干した。

その時Gさんは、5杯飲んだのを覚えている。

今思えば異常だったと思う。

次の日、そのGさんは隔離室に入れられた。

 

アルコール中毒の患者もいた。

22年間入院している人もいた。

小学生もいた。

 

自分の周りは明るい人ばかりだった。

 

2014年3月29日に退院した。

母が病院に迎えに来た。

手続きが終わり病院を後にしようとした時、お世話になった大勢の仲間たちに手を振られた。

俺と母は涙ぐみ病院を後にした。

 

病院からバス停までの坂道で2人で泣いた。

横浜駅で父と待ち合わせして、空港へ直行した。